江戸川乱歩記念大衆文化研究センター主催公開講演会 開催レポート

大芝 瑞穂 さん(文学部文学科文芸思想専修4年次)

2016/05/29

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講演会の様子をお届けします。

「乱歩と「怪奇小説」の定着」

江戸川乱歩記念大衆文化研究センター主催公開講演会
日時 2016年3月29日(火)18:30~19:30
会場 池袋キャンパス 5号館2階 5221教室
講演者 荒俣 宏 氏
 

講演会レポート

去る3月29日(火)、江戸川乱歩記念大衆文化研究センター主催で荒俣宏氏をお迎えしての講演会が開かれました。当日は会場の5221教室が満席となり、急きょ立ち見でのご参加をお願いするほどの盛況ぶりとなりました。

当初、講演会企画では「乱歩と『怪奇小説』の定着」という広がりのあるテーマを掲げました。しかし冒頭で荒俣氏ご本人から述べられたように、当日は「乱歩と『怪奇小説』~名称の定着と変遷過程について~」と題し、「怪談」から「怪奇小説」へと新しい潮流が生まれ定着する過程について、洋の東西を問わず広範な資料を示して分析を試みる、より細部に分け入るご発表となりました。「怪談」について乱歩よりも詳しいと自負していた荒俣氏ですが、研究を進めるにつれ意外なことが明らかになります。

——戦後の日本で「幻想怪奇小説」が愛読されるきっかけの一つとなったのは乱歩であった——

江戸川乱歩といえば、「明智小五郎」や「少年探偵団」シリーズを生んだ探偵小説の大家というイメージを誰もが持っています。その一方で、欧米ではポピュラーであった「幻想怪奇小説」を日本に紹介し定着させる役割も果たしていました。

荒俣氏は「怪談」や「怪奇小説」の時代ごとの変遷について考え続けていたといいます。辿り着いたのは、「世界レベルでの事変が引き起こした思潮により、霊魂や死者の見方に決定的な変革が起こった」という結論でした。その例として18世紀のドイツ文学『レノーレ』や中国小説『牡丹灯籠』を紹介します。16世紀から17世紀には東西の各地で大規模な戦争があり、民間人も駆り出されました。夫を亡くした女性たちの思いが、忌むべき存在であった死者を恋焦がれる対象と見るようになったのです。「あの世」と「この世」について、それまでとは逆転した価値観が築かれました。これが現代にも受け入れられている証左として、荒俣氏は2013年のタイ映画「愛しのゴースト」を紹介。『雨月物語』の「浅茅が宿」との類似も指摘しつつ、情緒にみちた「怪奇小説」の系譜があると示します。
一方で1951年に乱歩が著した海外探偵小説評論集『幻影城』に載せられたエッセイ「怪談入門」をひもといたとき、荒俣氏は「怪談」から「怪奇小説」への変遷をたどってきた自身の歩みを先行するように、乱歩も研究を行っていたことを知ります。乱歩は、「人間椅子」や「鏡地獄」といった自身の作品に伝統的な「怪談」の基礎を認めながら、もはや「怪談」と同一視することが不可能だと気づいていたのです。そして欧米の作品を原書で読み進めるうち、「怪奇小説」という欧米では確たるものとなっていたジャンルを知り、乱歩自身の関心対象であった中国の小説を併せて紹介したのでした。「文明社会の怪談」としての「怪奇」に光を当てた「怪談入門」。「僕はこのエッセイを読んで乱歩を崇拝するようになりました」と荒俣氏は語りました。

後半には、「怪奇小説」をはじめとする新しい小説を検討していきます。「ホラー」や「ミステリー」、「ファンタスティック」といったジャンルをいかに翻訳するか、明治期以来の人々が各所で奮闘してきたことが紹介されました。大衆文学は他の文化活動とのかかわりも深く、「怪奇」のほか「恐怖」や「幻想」といった用法はアメリカ映画やフランス演劇にも見られました。ただ、さまざまな業種の文化人を通じて広がっていた豊かな「幻想」と「怪奇」の土壌も、第二次世界大戦で破壊されてしまいます。
「怪談」から「怪奇小説」への移り変わりは、その根本に時代を揺るがすできごとがあり、その波をうけた大衆の心性までも読み取ることができます。芸術や文学と対比して「取るに足らないもの」とみなされがちなポピュラーカルチャーですが、移り変わる流行のうちに、より凝縮された時代の雰囲気が宿っているものなのではないでしょうか。

荒俣氏は、創作はもちろん評論面に関しても若い人たちに挑戦してほしい、と語ります。
「乱歩邸の蔵をひっくり返せば、相当なものが書けますよ」という熱いエールをいただき、自身の研究においても広い視野と絶えざる熱意を持つことの重要さを改めて感じました。

※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合がありますのでご注意ください。

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