人や社会を変えるアートの力

社会学部 小泉 元宏教授

2024/03/11

研究活動と教授陣

OVERVIEW

近年、日本各地で「芸術祭」や「ビエンナーレ」などと題されたアートプロジェクトが開催されています。こうした取り組みはどのような背景で活発化したのか。アートが人や社会に与える影響とは。文化政策研究や現代芸術論を専門とする社会学部の小泉元宏教授に伺いました。

アートが都市再生の起爆剤に

アートを通じた都市や地域再生のためのプロジェクトは、1990年代頃から世界的に興隆してきました。その重要な社会背景が、ポストフォーディズム社会の到来です。70年代以前、標準化され大量生産される製品を人々は消費してきました。しかし、それ以降の時代には、他者と同じものではなく、自分に合った特徴的なモノやサービスを人々は求めるようになっていきます。それに伴い、従来の産業に依存していた都市が衰退する事態に陥りました。
しかし、中には地域の持つ文化資源や個性を生かし、産業や観光を活性化する創造都市に生まれ変わろうとする都市※1も出てきます。こうした流れの中で、アートが起爆剤として注目され、都市・地域再生のための美術や音楽、演劇などを通じた文化事業が世界各地で開催されるようになったのです。特に日本では、少子高齢化・人口減少の影響もあり、地域活性化のためのアートプロジェクトが盛んになりました。また、90年代頃から「パブリックアート」と呼ばれる公共の場に設置される作品が多く登場したり、アートを通じた人々の関係性構築や社会的な実践が注目されたりしたことも、この流れを後押ししたと考えられます。

※1 かつて工業都市として発展したイギリスのグラスゴー、貿易で繁栄したフランスのナントなどは、現在は芸術の街として知られている。

人や社会に与える影響

アートプロジェクトは、人や社会にさまざまな影響を与えています。アートを通じて多様な国籍や年代の人々が出会い、不和や考え方の相違を超え、新たな関係性を築く機会が生まれます。アートを目的に訪れた人が、風景や食文化など地域の新しい魅力を発見することも見逃せません。

他方で、アートが消費や観光の対象となることでアートの社会批判的な特徴が損なわれたり、外部から望まれる姿を地域の人々が(自ら望んで)「演じる」ことによって地域文化の多様性がそがれてしまったりする問題などもあります。しかしながら、アートが持つ特性には、人の情動(本能的で激しい心の動き)に影響を及ぼすということがあります。このような特徴は、日頃のコミュニケーションと異なる感情の回路を通じて、固定化した社会の考えを変えるために重要な意義を果たし得ます。各課題に十分に留意しながらも、その社会的な意義を生かしていくことが重要だと考えます。

アートを楽しむヒント

小泉ゼミナールのフィールドワークの様子。瀬戸内海の島々を舞台に3年に1度開催されている「瀬戸内国際芸術祭」にて

アートは難しいものだと思われがちですが、そんなことはありません。作品は、アーティストが世界と自分との距離感を表したものです。例えば風景画であれば、作者に見えている世界が表現されているのです。それを受け取る鑑賞者も、それぞれ作品の見え方は違うはず。ですから、洋服や流行の音楽、ダンスを「これが好き」と思って選ぶように、まずは自分の気持ちに率直に受け取って楽しみ、後からその背後にある思想などに思いを巡らせたら良いと思います。

アートは人文学、社会科学、自然科学などの学問分野に分類できない、人間の情動の源を扱う包摂的かつ基盤的な領域です。それゆえ、教養教育、人間教育を重視する立教大学にとって重要なものです。近年、私のゼミナールの学生が東京芸術祭のプロジェクト※2に参画したり、本学と森美術館による共同プロジェクト※3が開催されたりと、本学でもアートに関する取り組みが盛んに行われています。また、美術や音楽、映像、演劇など、アートを専門とする教員が多く在籍し、芸術家や音楽家として活躍する卒業生も多数います。こうした環境をぜひ有効活用してアートに親しんでほしいと思います。


※2 2021年、東京都豊島区内の各所にカプセルトイマシンを設置するプロジェクトにリサーチ、制作協力で参画。
※3 2023年5月~6月、森美術館開館20周年記念展『ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会』において、立教生による作品解説や、アーティストと本学教員によるトークセッションが行われた。

小泉教授の3つの視点

  1. 産業構造の変化から都市再生の起爆剤としてアートが注目された
  2. アートは人間の「情動」に影響を及ぼす
  3. アートは各学問領域と関わる、総合的なもの

プロフィール

PROFILE

小泉 元宏

社会学部現代文化学科 教授

国際基督教大学卒業、東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了。博士(学術)。ロンドン芸術大学研究員などを経て、2016年立教大学着任、2023年4月より現職。専門は文化社会学、文化政策研究、現代芸術論。国際展やアートプロジェクトを主な研究対象とし、その意義について論じている。

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