五感の個性から人を理解する——人の感覚を知ることは、世の中を知る冒険

現代心理学部心理学科 日髙聡太 教授

2017/01/27

研究活動と教授陣

OVERVIEW

人は、世界をどのように感じ、認識しているだろうか?
私たちは、視覚や聴覚などの五感で世界を捉え、その情報を脳で処理し、その結果が、感情や行動につながっているという。
現代心理学部の日髙聡太教授は、普段は意識されない「見え方」や「聞こえ方」などを研究して、「人が世界を感じる仕組み」の解明に取り組んでいる。

研究の概要

同じ時間、同じ場所で過ごしてもあなたと私が体感する事実は異なっているかもしれない。

みんな、世界を同じく感じているのだろうか?
私たちの毎日は、身の回りの状況を「感じる」「考えて理解する」、そして「行動する」の3つで営まれている。それらの営みについて、誰もが持つ共通性を導き出そうとするのが「基礎心理学」だ。日髙先生の専門は、その中でも認知心理学、知覚心理学といった分野。この分野において、五感の間で生じる「感覚間相互作用」を主なテーマに、長年研究に取り組んできた。2013年には「触れられると、目の前の物が見えにくくなる」ことを、世界に先駆けて証明したことで注目を集めた。

日髙先生の最近の関心事は、共通性とは対局にある「個人差」にある。
「実験では全員に同じ条件下で同じ感覚入力を与えるのに、人それぞれに反応が異なります。例えば、何人かの実験参加者に同じ条件、同じ強さで触れるテストを行うと、全く気付かない人がいれば、逆にものすごく敏感に反応する人もいる。感じ方は人によって驚くほど違うのです」

同じ事実を前にしても受け取り方はそれぞれに異なる。見る、聞く、触れるといった感覚が違えば、同じ場所にいても、あなたと私の周りには別の世界が広がっているのではないか。そしてそれは、個人が持つ特性の差に通じているのではないか……。

そんな考えから、今、日髙先生は大学院学生と共同で、とある研究に取り組んでいる。
触れられると、目の前の物が見えにくくなる

2013年に発表された研究。手に与えられた振動によって、視覚的な見えが阻害されることを世界に先駆けて突き止めた。
感覚や知覚から、心にアクセスできる未来を夢見て
その研究とは、見る、聞くといった人の感覚と個人の特性はどのように関連し合っているのか、その関係性を調べること。最近の研究では、視覚と自閉傾向の関係を取り上げた。自閉症、自閉傾向というと特定の人々の症状に思われがちだが、近年の研究では、程度の差があるだけで誰もが自閉傾向を持つことが分かっている。例えば、他者との会話が苦手、同じ作業を繰り返すのが好き、といったことも、自閉傾向の一つと言われる。

日髙先生たちは、そうした傾向が現れる原因の一つに、その人の「感覚特性」が影響しているのではないか、と仮説を立て、実験を行った。実験の概要は次のとおり。

(1)実験参加者の傾向を調査する。質問紙(アンケートのようなもの)を取り、例えば「新しい友達を作るのは苦手」「人とコミュニケーションを取るのが苦手」といった質問に「YES」「NO」の程度を答えてもらう。「YES」寄りのスコアが高いほど、自閉傾向が強いとされる。
(2)実験参加者に「錯視」を体験してもらう。錯視とは、目で何かを見た時に起きる錯覚のこと。ディスプレイとヘッドフォンを使い、「ダブルフラッシュ錯視」というものを数パターン体験してもらう。
(3)錯視の起きた割合などを参加者からデータとして取得する。

この結果、質問紙で調べた自閉傾向に応じて、錯視の起こり方に違いがあることが分かった。

「例えば、コミュニケーションに関わる自閉傾向が高いと、音と光が出現するタイミングが多少ずれていても錯視が起きやすいことが分かりました。このことは、環境の影響を受けやすい、つまり、情報を多く取り込む傾向が強いことを意味すると考えられます。日常生活でも人より多くの情報が入ってくるために脳内の処理が追い付かず、コミュニケーションが苦手に感じるのではないか。そんな仮説が立てられるのです」

感覚や知覚から、その人のコミュニケーションの傾向や人の心を探る試み。

「まだ研究は始まったばかりですが、個人の特性と感覚処理との間の関連性がさらに特定できれば『この人には何を言っても伝わらない』と諦めるのではなく、『この人は声を捉えるのが苦手だから、代わりに絵で伝えてみよう』というように、コミュニケーションが工夫できるかもしれないですね」


※ダブルフラッシュ錯視:錯視の一つ。実際には光を一度しか点滅させていなくても、同じタイミングで音を2回鳴らすと、光も2回点滅したかのように感じる現象。

研究の意義

「面白そう」を出発点にするからこそ、研究は深まる、そしてつながっていく。

合言葉は「とにかく、楽しいことをやろう」
「研究の出発点は“自分自身のことが知りたい”という単純な好奇心なんです。自分の心や脳、身体で何が起きているかを知ることは楽しいですよ、純粋に」と顔をほころばせる。知的な好奇心こそ、研究の最も重要な動機。当然、学生の「面白そう!」にフタをすることはない。

「学生にもテーマを押し付けず、『自分が楽しいと思うことをやろう』といつも言っています。彼らの視点って素晴らしくて、僕には思い付きもしないアイデアが出てくることもあり、刺激的です」

面白そうだから、もっと知りたくなる、もっと調べたくなる。その結果が思わぬ波及効果を及ぼすことも少なくない。
以前、ある学生からの提案をもとに、飲み物の色が味覚に及ぼす影響を調査した。同じ甘さの砂糖水を、色を変えて飲み比べたらどうなるのか、という実験だ。
まず実験参加者に、青、茶、ピンク、緑、無色、など7色を見せ、それぞれの色からどのようなイメージを受けるかを調査した。結果、見た目で最も甘そうだと感じる色はピンクだった。
次に、同じ量の砂糖が入っているピンクと無色の砂糖水を作る。実験参加者には、入っている砂糖の量は知らせずに一つずつ飲んでもらい、甘さを判断させる。その結果、実際の甘さは同じにも関わらず、ピンクの方がより甘いと判断されるという結果に。つまり、見た目が味の感じ方を左右していることが分かった。

「この実験を論文にまとめて発表したところ、家政学の研究者から問い合わせがありました。僕たちは単に色と味覚の関係の仕組みを知りたくて研究を行いましたが、それが調理や食品の開発に役立つかもしれない。自分たちの好奇心を、ああでもないこうでもないと追究することが、誰かの発想を刺激したり、思いもよらない発明にリンクしたりする。『面白そう』がどんどんつながれば、思いがけない発見に結び付くことがあると思います」と期待をふくらませる。

研究者への道

“自分の心”が知りたくて、心理学の世界へ。

日髙先生は、自分が感じた「なぜ?」に自分で答えを出したい思いから研究者の道へ進んだ。

心理学の道を選んだのも、「自分の心が知りたかったから」だった。立教大学の文学部心理学科(当時)へ進学し、学んでいるうちに、科学的なアプローチを取る知覚心理学や認知心理学などに興味を持ち、基礎心理学を学ぶゼミを選択。卒業後は、東北大学の大学院へ進学した。

「ところが実験をしても思うような結果が出ない、結果が出ないから論文も書けない、なんとか論文を書いて科学ジャーナル誌に投稿しても掲載されない……。大学院時代の前半はもう挫折の連続。でもそれだけで終わるのが悔しくて、その気持ちをバネに研究を続けました」

やがて、第一線で活躍する研究者と共同研究する機会に恵まれた。「それを機に、徐々に研究も軌道に乗り始め、論文も掲載されるようになり、研究者としての道を切り開くことになりました。途中で諦めなかったことが、運命の分かれ目でしたね」と振り返る。

研究のこれから

知的好奇心を絶やさず、新しい視点に光を当て続ける。そんな人間になれるだろうか。

研究者としての今後の目標はただ一つ、ひたむきに「良い研究」をし続けること。良い研究とは、大学院時代の恩師の言葉を借りると「国際的に一流の科学雑誌などに掲載される研究」。つまり、誰も気付いていない大事な事実を発見したり、みんなが面白がってくれる新しい視点を提供したりすること。そのため、1年に1本以上、学術誌に論文を発表することを自分に課している。

「でも、どうすれば良い研究ができるのか誰も教えてくれません。自分で見つけるしかないんです、自分のアンテナを目いっぱい伸ばして」

最近では、先生が専門とする心理学的アプローチ以外に、専門外の脳科学や統計学からのアプローチで知覚や認知を読み解けば面白いのでは、とも興味が湧いてきた。伸びやかな知的好奇心はますます大きくなるばかりだ。
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。

プロフィール

PROFILE

日髙 聡太/HIDAKA Souta

現代心理学部 心理学科教授
現代心理学研究科 心理学専攻博士課程教授

2010年3月、東北大学文学研究科心理学博士課程後期課程修了。
2010年4月より立教大学現代心理学部心理学科助教、2012年4月より同准教授、2019年4月より現職。
主要な研究テーマは知覚心理学と実験心理学。特に、視覚および感覚間(例えば視覚と聴覚)相互作用に着目して、心理物理学的な手法をもとに感覚・知覚システムが持つ機能と特性について検討を行っている。また、感性印象の評価や、脳機能測定法を用いた実験も行っている。人に備わっている、生態学的妥当性のある脳内情報処理メカニズムの解明を目指している。

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