物流危機と働き方改革が問いかけるより良い「働き方」とは

経済学部 首藤 若菜 教授

2019/08/28

研究活動と教授陣

OVERVIEW

労働問題に起因する物流危機が社会問題となり、さまざまな企業・組織で働き方改革が推進され、より良い働き方や労働環境を見つめ直す動きが活発になっています。その現状と課題、「働くこと」への向き合い方について、経済学部の首藤若菜教授に伺いました。

物流危機が起こった背景。

※内閣府「『再配達問題に関する世論調査』の概要」2017年をもとに作成。

2016年に発覚したヤマト運輸の残業代未払い問題をきっかけに、物流業界のひっ迫した状況が知れ渡り、「物流危機」が大々的に報じられるようになりました。しかし、それ以前からトラックドライバーの人手不足や過重労働は深刻になっており、現場では危惧が叫ばれていました。ヤマト運輸は労使コミュニケーションが良好な企業の代表格の一つで、労使で協議して幾重にも対策を講じてきましたが、事態を改善できないまま、ネット通販の拡大により激増した荷物量をさばききれない状況に陥ってしまったのです。
その背景には、トラックドライバーの過酷な労働実態を生む、業界全体の構造的な問題があります。1990年以降、規制緩和により運送事業者数が急激に増加し、「いかに高品質のサービスを低価格で提供するか」を競い合い始めます。そのため賃金が下がり、人が集まらず労働環境が悪化するという負の循環が生まれていました。
私たちの生活や経済は、物流なしには成り立ちません。社会インフラである物流の危機を解決するには、こうした労働が生み出される構造自体にメスを入れる必要があり、国土交通省もドライバーの待遇を改善するための規制やルール制定に動き出しています。

働き方改革の現状と問題点。

物流業界に限らず、社会全体の働き方改革についても構造的な問題が大きく、改善への道は簡単ではありません。例えば、改革の柱の一つに「労働時間の削減」が挙げられますが、残業代が減ることに対する不満の声も聞かれます。労働時間の問題は給与と切り離して論じることはできず、労働時間に規制をかけて遵守させる体制づくりが急務である一方で、低賃金問題を置き去りにしていては根本的な解決に至らないと考えています。
また、現在の働き方改革は経営側が率先して取り組んでいるのが現状です。それ自体は悪いことではありませんが、ややもすると「生産性向上」を目的とした、会社側に利がある取り組みになりかねません。現場で取材を重ねると、「いくら生産性向上に取り組んでも残業が減らない」「そもそもの仕事量に対して人が少ない」という声は多く、実質的な改革につながっているか疑問が残ります。多くの企業で働き方改革がこのように偏った形で進められているのは、労働者の声を経営側に届け、「経営の民主化」を図る労働組合がほとんど機能していないことも一因でしょう。労働の対等性を確保し、本質的な意味で「働きやすい」労働環境を実現していくためには、労働組合が本来の機能を取り戻すことが一つのカギになると考えています。

一人の生活者・労働者としての心掛け。

物流危機に関して言えば、他者の労働に無関心、無責任でいるのではなく、便利なサービスの裏側にある働く側の実態を知り、その負担やコストを分かち合うことが大切だと思います。「送料無料」は当たり前なのか、再配達の削減に向けて何ができるか。一人一人が考え、実践し、社会的な連帯を強めていくことが現場で生じる過酷な労働を改善する一歩になるはずです。
また、自らのキャリアを考える上では、共働き世帯の増加など社会構造が激変する中で、かつての労働モデルが通用しなくなっている現状をまず認識する必要があります。もちろんやりがいや給与も大切ですが、「働くこと」はとても長い道のりです。性別を問わず、20年先、30年先という長期スパンで捉え、「働きやすさ」にも目を向けてキャリアを選択してほしいと思います。

首藤教授の3つの視点

  1. 物流危機の背景には、業界全体の構造的な問題がある
  2. 経営側主導の働き方改革に労働者の声を反映させるには、労働組合の役割が重要
  3. 労働モデルの過渡期のいま、自身のキャリアを長期的な視点で考えることが大切

プロフィール

profile

首藤 若菜

日本女子大学大学院人間生活学研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。山形大学人文学部助教授、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス労使関係学部客員研究員などを経て、2011年立教大学に着任、2018年より現職。

著書に『グローバル化のなかの労使関係—自動車産業の国際的再編への戦略』(ミネルヴァ書房、2017年)、『物流危機は終わらない—暮らしを支える労働のゆくえ』(岩波書店、2018年)などがある。

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