「多自然主義」を手掛かりに自然と人間の共生を考える

異文化コミュニケーション学部 奥野 克巳 教授

2019/12/17

研究活動と教授陣

OVERVIEW

人間という種によって地球生態が改変された「人新世」(※)が話題となり、さまざまな環境問題が深刻化の一途をたどる現代。自然と人間の関係を見つめ直すために、私たちは何を自覚すべきなのか。人類学を専門とする異文化コミュニケーション学部の奥野克巳教授に伺いました。

※人新世(アントロポセン):ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンが宗新世に代えて2000年に提唱した、人間が地球の生態系や気候に影響を及ぼすようになった地質年代の区分。

自然と人間を巡る問題点とこれからの自然との向き合い方

吹矢で狩猟するプナン

東南アジア・ボルネオ島の狩猟採集民プナンの研究をテーマの一つに据え、毎年現地でフィールドワークを行っています。プナンの人々は、朝起きると食べ物を探すために森へ入り、動物を狩る。しかし、そこには単に「食べる」「食べられる」関係だけではない、人間と動物の豊かな文化が存在しています。人間と動物のどちらについて喋っているのか判別できない場合もあるほどその境界が曖昧で、「人間」「動物」「精霊」「神」が交じり合う世界をプナンは生きています。

人間だけが社会や文化をつくっているのではなく、他の動物や昆虫といった人間以外の存在と共に一つのコミュニティを形成している——この考え方を、文化人類学では「多自然主義」と呼びます。一方、「異なる文化を持つ人間同士が共存し、一つの世界を築いている」という捉え方が「多文化主義」です。

現代に生きる人々の多くが慣れ親しんでいる多文化主義は、人間以外の存在を外部化した人間中心的な考え方でもあります。海洋プラスチックごみ問題をはじめ、私たちが直面している環境問題は、人間が人間以外の存在を顧みず、自分たちにとって快適な形で自然を改変してきたことに起因していると言えます。人間のみが主体であり、自然を自由にコントロールできる対象として捉えてきた結果、さまざまな場面で行き詰まりが生じてきている、とすると、プナンのような未開社会の人々の世界の捉え方である「多自然主義」に、自然と人間の関係を見つめ直す手掛かりがあるのではないでしょうか。

人間は主体であると同時に客体でもあり、動物や昆虫、植物などの多様な存在と共に生き、世界を形成している。都市に生きる私たちも周囲の環境と無関係ではない以上、そうした在り方を想像することは不可能ではありません。それが、これからの環境問題を考える一つの糸口になるのではないかと思います。

「分からない」から思索は始まる

文化人類学は、当たり前のように享受している世界を、異文化や人々の生き方に照らして問い直し、相対化する学問です。私は高校生の頃に「人間とは何か」という問いが頭をもたげたことをきっかけに、大学時代に海外を渡り歩き、商社勤務を経ていまに至っています。

2006年に始めたプナンの居住地でのフィールドワークは、当初、論文執筆のためのデータ収集が目的でした。しかし次第に、彼らと生活を共にすることで自分自身が変容し、そこから思索を深めること自体が重要だと考えるようになりました。

現代は、すぐに結果や答えを求めがちで、それによって知が限定されてしまう側面があるように思います。モノと近未来のテクノロジーに囲まれた私たちとは根源的に異なる「多自然主義」的な熱帯雨林の世界で生きる人たちが暮らすフィールドへの度重なる往還を通じて、スローではあるけれど、じっくりと思索を重ね深めていくこともまた大事なことなのではないでしょうか。

奥野教授の3つの視点

  1. 「多自然主義」の考え方が環境問題と向き合う手掛かりになる
  2. 人間は主体でもあり客体でもあり、人間以外の存在と共に生きている
  3. 短絡的に答えを導くのではなく、思索を重ね深める姿勢が重要

プロフィール

profile

奥野 克巳

一橋大学社会学研究科博士課程後期課程修了。大学在学中にメキシコ先住民を単独訪問し、バングラデシュで仏僧になるなど世界を放浪、2015年より現職。主な著書に『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(亜紀書房、2018年)など。


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