デジタル社会を主体的に生きる—インターネットの中にある、私たちを映し出す鏡を覗いてみよう

社会学部メディア社会学科 木村 忠正教授

2019/05/30

研究活動と教授陣

OVERVIEW

私たちの生活や人とのつながりはごく当たり前にインターネットに支えられている。
便利で快適であると同時に、ふと不安や煩わしさを感じることはないだろうか?
日常に不可欠なインターネットだからこそ、その全貌を捉え、主体的に付き合っていくための「知」を身に付けたい。
木村忠正教授がグローバルに展開するメディア研究の中にそのヒントがある。

研究の概要

「デジタルネイティブ」世代を国際間で比較する。

新しい関係を求めるアメリカ人、親しい関係が大切な日本人

メディア社会学科で「メディア・コミュニケーション論」などの授業を担当する木村先生は、メディアの中でもコンピュータを媒介にしたコミュニケーション、CMC(Computer-mediated Communication)研究を専門としている。

「いまの大学生や高校生の皆さんは、物心がつくころからデジタル環境に触れてきた『デジタルネイティブ』と呼ばれる世代。その日常にはスマートフォン、タブレット、携帯型ゲーム機など、さまざまなコンピュータが介在していると思います。またSNSの利用により、友人とのコミュニケーションは、速さも範囲もタイミングも拡大しています。これは社会文化的な興味深い変化です。そこで私は10年ほど前からCMC研究の中でも特にデジタルネイティブ研究に取り組んできました」

木村先生の調査によると、同じデジタルネイティブ世代でも国が異なれば、使うサービスや利用法にも違いがあるという。

「SNSには、Facebook、Twitter、LINEなどさまざまありますが、世界的に見ると利用率ではFacebookが一人勝ち。ところが日本ではLINEが1位、Twitterが2位、Facebookが3位という順です。この違いには、対人関係において何を重視するかが反映されています。例えば、アメリカ社会では、普段自分が持っているネットワークではないところにつながることが求められていて、SNSにもその役割を期待しています。一方、日本社会では、すでに親しい人々との交流が大切で、ネット上だからといって新しい関係を構築するのではなく、既存の関係性の延長でSNSが使われています」

日本人にLINEが人気なのは不特定多数の人とつながることのない安心感が大きいといえる。ほかにも、デジタルネイティブを国際間で比較してみると、日本人の特徴が見えてくる。

「ネット上のフリー百科事典ウィキペディアは、世界に利用者がいて自由に編集ができます。編集の際、ほとんどの言語では7~8割程度が本名を記名しますが、日本語は匿名編集が多く、記名するのは約6割以下です。また、SNSを本名で利用する人はアメリカで約8割のところ、日本では約4割と半数以下。プロフィールの自己開示にも消極的で、知らない相手に個人情報を明かしたくないと思っているのが分かります」

(※木村先生は、インターネットが世界的に普及を始めた1999年に開始され、30カ国・地域以上が関与し継続している World Internet Project(https://www.worldinternetproject.com/)に、日本調査チーム共同代表として活動し、インターネット利用の国際比較に取り組んでいる)

研究の意義

「ネット世論」は一部の偏った意見に過ぎないか?

リツイートや「いいね」もデータとして社会のいまを読み解く

ネット上で展開される政治社会に関する発言、いわゆる「ネット世論」も木村先生が関心を持っている分野だ。ネット世論は、一部の人々の過激な発言や拡散行動によって生み出される偏った意見だという見方もある。だが、そう決めつけるのは早計だと木村先生は警鐘を鳴らす。

「現在、1日億単位の閲覧数がある日本のデジタルニュースのコメント欄に、毎日何十万件もの書き込みがあります。これが1週間もすれば百万コメントを超えるビッグデータになります。それだけでなくSNSやブログ、掲示板などのコメントの集積を一つひとつ精査し、リツイートや『いいね』も含めた、言説・感情・行動の複合体をネット世論と捉えて詳細に分析することが重要です」

ネット世論を鵜呑みにするのではなく、逆に無視するのでもなく、ネット世論の成り立ちを理解したうえで、社会の今を読み解くツールにすることが、今後ますます必要になってくるのかもしれない。ネット世論でコメントの多いトピックの中に、木村先生が気になっている傾向があるという。

「例を挙げると、『生活保護』『少年法(未成年の保護)』『戦後賠償』などの問題では、脆弱性が高く、脆弱性緩和のための社会的取り組みが行なわれてきた少数派や弱者に対し、『弱者利権』ではないかと攻撃するコメントが目立ってきています」

現実の不正や事件に対して抱く、正義心や道徳心から生まれる感情だと推測できるが、正義や道徳も振りかざせば危険を孕んでいる。第二次世界戦後の日本では、社会的弱者や少数派に配慮する考え方が、リベラル的な価値観を重視する政治思想やマスコミによって培われてきた歴史がある。しかし近年のネット上では、リベラル的な発言は鳴りを潜め、保守的な発言が顕著になっていると木村先生は分析する。

「社会全体の中で保守派はもともと多数を占めますが、その権力を暴走させてはいけないことを私たちは知っています。リベラル派も保守的情動を理性で抑制しているという研究もあります。社会には複数のベクトルが働いていることが必要で、お互いに異なる立場を理解し合ったうえで、いかに共存するかということが大切。日本だけでなく先進国が共通して、不寛容な社会になっている今日、ネット世論の分析は、まず自分たちを知る一助になると考えています」

(※『中央公論』2018年1月号に掲載された「『ネット世論』で保守に叩かれる理由-実証的調査データから」(134-141頁)は、朝日新聞、読売新聞などの論壇時評で大きな反響を呼んだ)

研究者への道

未知の領域、インターネット社会へ。

主体的に行動するためには、知る範囲を増やしていくこと

「社会を良い方に動かすためには、まず自分たちで自分たちを知ることが必要です。私の研究へのモチベーションは、そもそも『ヒトである自分を知りたい』ということです」

木村先生が大学で専攻したのは、文化人類学。

「私が高校・大学時代を過ごしたのはいわゆるバブル期で、日本経済は絶頂期でした。人々の目は外へと向かい、私も世界のさまざまな文化に関心があり、大学では文化人類学を学ぼうと決めました。とにかく『知る』ということに興味を持っていたからです」

理論的関心の基礎である認知人類学の中心的な研究者に師事しアメリカの大学院でも学んだ後、日本で研究者の道を歩もうと帰国した木村先生に、さっそく誘いが掛かる。当時、日本のインターネット社会研究の先駆的存在として始動したばかりの研究所からだった。

「日本で一般にインターネットが普及し始める少し前のことです。インターネットによって今後の社会全体が大きく変わることは予想されていましたが、実際にどうなっていくのかはまだ誰も分からない。でも文化人類学というのは、何万年というスケールで人類の変化を捉えてきた学問です。その一つの領域として、今後進展していくインターネット社会にアプローチするのも面白いのではないかと考え、文化人類学を基盤にネットワーク社会のデジタル社会の研究の道に進みました」

デジタル化やネットワーク化の進展は、人の行動、意識までも、本人も気づかないうちにデータとして収集することを可能にした。身近なところでは、サイトの閲覧履歴やネットショッピングの購入履歴などだ。これらは商業的に利用されることはあっても、すぐさま悪用されるというわけではない。しかし、自分の行動を監視されているようで気になる人は多いだろう。そこで、木村先生が面白い国際比較を教えてくれた。

(※木村研究室は、2017年度から、Fuller社、MURC(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)と共同で、LDASU研究会(Log Data Analysis of Smartphone Use、スマートフォン実利用データ分析研究会)を組織し、1秒単位のスマートフォン利用ログ(モバイルライフログ)というビッグデータの解析に基づく、情報行動研究に取り組んでいる)
「インターネットの利用不安を、日本・カナダ・中国で調査したところ、自分の個人情報が漏れる不安は、どの国でも9割程度の人が感じていました。しかし、実際に被害に遭ったのは中国で4割、カナダで2割、日本で1割です。つまり日本人は困る前から、『困ったらどうしようと困る』傾向がある。社会心理的概念で『不確実性回避傾向』(UAI:Uncertainty Avoidance Index)という指標があるのですが、日本人はこのUAIが高い。未知の状況に対する不安感が強く、最初から避けてしまおうと考えがちなのです」

同じアジアでも多文化社会のシンガポールでは、UAIもインターネットの利用不安も相関的に日本に比べて低いという。

「日本の場合、同質的な社会なので、ネット上でもお互いに空気を読み合います。不特定多数の人々とつながる場では匿名性が高く、自己開示率が低いのもこれに結びついていると言えます」

不安の正体を知ることで、よく知らないことから生まれる漠然とした不安から解放される。

「デジタルネイティブ世代の皆さんには、よく分からない不安にそのまま呑み込まれるのではなく、わからないことを探求して、インターネットやそこに集積されたデータを主体的に使いこなせる人間になってほしいと思います」
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。

プロフィール

PROFILE

木村 忠正/KIMURA Tadamasa

社会学部メディア社会学科教授
社会学研究科 社会学専攻博士課程教授

1989年3月、東京大学大学院総合文化研究科文化人類学分科修士課程修了、修士号取得。
1992年6月、ニューヨーク州立大学バッファロー校大学院人類学部修了、MA取得。
1995年3月、東京大学大学院総合文化研究科文化人類学分科博士課程単位取得退学。
2010年6月、ニューヨーク州立大学バッファロー校大学院人類学部よりPh. D取得。

早稲田大学理工学部教授、東京大学大学院総合文化研究科教授、Yale大学客員研究員等を経て、2015年4月より現職。
研究分野は、主にメディアコミュニケーション・CMC研究、デジタルネイティブ研究、デジタルデバイド研究、ネット世論研究。

主な著書
『デジタルネイティブの時代~なぜメールをせずにつぶやくのか~』(平凡社新書2012)
『ハイブリッド・エスノグラフィー:NC(ネットワークコミュニケーション)研究の質的方法と実践』(新曜社 2018) ほか

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